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先輩メッセージ / Message17:パティシエ 辻口博啓氏

最近ではご実家にある石川県七尾に「辻口博啓美術館 ル ミュゼ ドゥ アッシュ」をオープンしたり、インターネットのお菓子教室「SUPER SWEETS SCHOOL」を開校したりと、さまざまな形態の事業を展開されていますね。

美術館の話は、「加賀屋」という地元の旅館から頂いた提案だったんです。生まれ故郷の七尾で、僕の仕事学や人となりを見せてほしいということでしたので、一緒にやらせて頂こうと。それから「SUPER SWEETS SCHOOL」は、もっとお菓子を作る人を増やしたいという思いからですね。博啓から菓子作りを学びたいという若者がいても、僕も時間に限りがあるのでなかなか難しい。でもインターネットなら時間や場所を選ばず、情報を得ることができる。そこで僕以外にも優秀なパティシエである、「トシ ヨロイヅカ」の鎧塚さんや「パティスリー ポタジエ」の柿沢さんなど、シェフ仲間にも参加してもらって、自分たちの技術を見て学ぶ学校をネット上に作ることにしたんです。

他のパティシエの方とはある意味ライバル関係にあるわけですが、そのしがらみを超えて一緒にスイーツ業界を盛りたてていこうと考えられたのですね。

そうですね。いろんな人とコミュニケートするのは、けっしてマイナスではありませんから。それに「SUPER SWEETS SCHOOL」は、自分の技術を世の中に知ってもらういい機会にもなります。そこで自分たちのファンが増えて、お店に来てくれるということもあるだろうし、パティシエたちのネットワークを作ることもできる。今後はただつながるだけじゃなく、お互いがお互いにメッセージを発信できるようなしくみを作っていければいいな、と思っています。

現在、辻口さんはショコラ専門店や和菓子店など、いろんなお店を出していますが、次々と新しい事業に挑戦していくバイタリティの源はどこにあるのですか?

それはやっぱり「人生は一回きり」ということじゃないですか。自分自身が勉強して得たもの、自分自身の感性というものをもっともっと生かしたい。何も不動産屋をやりたいわけじゃないですよ(笑)? スイーツというカテゴリーの中で考えうる、いろんな楽しいことをやっているだけです。楽しくなくては意味がないし、もっとみんなを元気にさせたい。1人くらい、こういうパティシエがいてもいいでしょう?

もはや洋菓子職人の枠を超えていますね。

これからも、どんどんいろんなジャンルに挑戦したいし、いろんなジャンルの人と仕事していきたいとは思っています。料理人からも触発されるし、和菓子職人もそうだし、中華もスペイン料理もポルトガル料理も、すべて自分にとっては刺激を与えてくれるものですね。先日もポルトガルに行って来たのですが、そこでカステラ文化や南蛮菓子の源流みたいなものを見ることができて。南蛮菓子から発展していくお菓子というのも面白そうだな、と思いながら帰国したんです。フランス菓子だけが菓子だけじゃないし、もっと面白いお菓子の表現の仕方もあるはず。またそれが日本にどういう影響を与えてきたのか、歴史の背景も含めて追及できればいいな、と考えています。

海外のお菓子を見たりする中で、自分の中に日本人ならではの感性を感じたことはありますか?

もちろん、奥ゆかしさであったりとか、季節感であったり、自分の中で日本の良さを感じることはあります。でも僕の感性で見た日本の良さと、他の人から見た日本の良さはまた違うものかもしれません。

今の日本のパティシエのレベルは、世界から見てどうですか?

海外に行かれた方ならわかると思いますが、みんな日本のお菓子は美味しいと言いますよ。フランス人でも、うちで働きたいという人がいるくらいです。日本人は勤勉だし、正確だし、バラつきがありませんから、そういう国民性は非常にパティシエに合っているのかもしれません。

パティシエを目指す若者に、何かアドバイスを御願いします。

とにかく海外に出ることを勧めます。それも若いうちに出るのがいいですね。若いうちに海外のいろんな文化に触れることによって、自分の内面で眠っていた何かが呼び起こされると思う。そしてそのときのためにも、人とコミュニケートする力は身につけておいてほしいですね。もちろん語学も大事ですが、それ以上に人の輪に入っていく力をつけてほしい。海外では「自分はこういう人間なんだ」と自己分析して、外に対してアプローチしていく力が絶対に必要。そしてそこからいろんなチャンスが生まれてくると思います。

それからパティシエを目指す若者に限らず、日本人は海外に出ることを恐れないでほしいですね。1回きりの人生ですから、もっといろんな経験をして吸収して、本当の意味でのスタンダードというものを身につけなければ日本は世界から取り残されてしまいます。今置かれている世界の中の日本をしっかり見据えて、日本の将来を語れる。そういう日本人であってほしいです。

では、製菓留学をする若者に、海外でこれだけはしてくるべき!ということがあれば教えてください。

まあ、日本人のプライドは捨てるなよ、ということですね。嫌なものは嫌だといったほうがいいですよ。あとは、その土地の文化に浸ると言うこと。たとえば、外国人が日本で納豆を食べて、「まずい!もう絶対に食べない!」ということがある。でも納豆のおいしさというのは、単に味覚だけでなく、歴史や文化など、いろんな意味を持っていると思うんです。同じように日本人も、海外で独自の料理を食べたときには、その料理の背景であったり、文化であったり、歴史だったり、そういうものを勉強してほしい。やはり自分がその国の何に引き寄せられているのか分かっているのと、ただ漠然とその場所にいるのとでは、まったく生活の潤いが違ってきますから。そういうところを理解したうえで、留学してもらえたらいいなと思います。

では最後に。今後の辻口さんの目標を教えてください。

いろんな意味で、世界制覇したいですね(笑)それから最近は、体や美容に良いスイーツに興味を持っているところ。体に優しいスイーツを、もっと解き明かしていきたいと思っています。

インタビュアー:株式会社エストレリータ代表取締役社長:鈴木信之

ライター:室井瞳子

PHOTO:堀 修平