そりゃ、4万5000円しかもらえなかったら考えますよ(笑)。それに実家が倒産していましたから、とにかく早く起業したい!という思いもありました。そういう意味では、僕は相当追いこまれた状態でこの業界に足を踏み入れていましたね。普通に修行している人と、まったく同じ立場というわけではなかったと思います。僕なんかはマイナスもマイナスですよ。修行に来ている人の中には休日など遊んでいる人もいたけど、同じように遊ぶということはしませんでしたね。
誰もが自分独自の将来像を持っているし、誰もが夢を思い描くとは思うけど、僕の場合は執念に満ちた夢の持ち方だったんでしょうね。やはり夢を現実にするには戦略的に物事を考えて、そしてどこかで勝負をしないといけない。その勝率を高くするには、自分の技術力を高めていく必要がある。売れている店やおいしい店を回って、それらの店がどういう表現の仕方をしているのかをしっかり見ておく必要がある。そしてそういうことを全部見たうえで、独立というものがようやく見えてくると思っていたんです。
全然変わりませんでしたね。もともと僕は最初にお店に入社したときから、人の3倍はやって当たり前だという意識があったんです。厨房の中で、感性を3倍に高めて、3倍に研ぎ澄ませていけば、10年間この業界に従事した人に3年で追いつくことができる。3年間、その人以上に働き、その人以上に素材と触れ合い、その人以上に物を作ればいい。だから僕は皆が寝た後で毎日デコレーションケーキを1日1台作っていました。そんなことをやっていると3年間でも10年以上のスキルって手に入るんですよ。常にスキルアップをし、目標を高く持ちモチベーションを上げる様に努めました。
僕がお店の責任者にならせてもらったのも、21、2歳のころ。その年齢でお店の売り上げも管理していたし、レジもまかされていたし、どうやったらお店が伸びるのかというのもそのころから考えさせられましたよ。オーナーは「一番年上だからこの人が責任者」という方針ではなかったし、「こいつが信頼できるから」と考えて僕に鍵を渡してくれたのだと思います。そういう意味では、僕は今でも年齢にはこだわっていないです。僕のお店の「モンサンクレール」だって、前の店長は21歳くらいでしたから。
「全国洋菓子技術コンクール」優勝の副賞にフランス旅行がついていたんですよ。初めてフランスに行って、本場のフランス菓子を食べたときには、もうびっくりしました。というのは、あんなにも素材の味が全面に打ち出されたお菓子というものを、僕は初めて食べたんです。一口食べて、「あ、フランスってすげぇな……」って(笑)。
海外に行くことに意味があるんだということにも、そこで初めて気づきましたね。やはり行くまではわからないことが多いんですよ。でも海外に行って、その場所の空気感や民族と触れ合ってみてはじめて、いろんなものが見えてくる。文化も違うし、人も違うし、宗教的なものも違う。そこには耳で聞いたり、文章で読んだりするだけでは理解しがたいものがあるんです。
世界的なコンクールで優勝経験を積むことで、スポンサーが何社か出てきてくれたんですよ。そして、その中で僕の希望に一番近い形でやらせて下さる方と一緒にお店をオープンすることになったのですが、実際問題、僕はフランス菓子の専門店で働いていたけどもフランスで働いた経験はなかったんですよね。ですから、店を出す前に改めて自分のレベルを知りたいと思ったし、フランスの生活様式にも慣れたいと思ったんです。
一緒に働いていた人がリッツ・カールトンのパティスリーのシェフになったり、海を越えてのつながりができましたね。彼らは、いまだに日本に来た時には僕の店を訪ねてくれたりしますよ。
ペラペラじゃないけど、基本的に洋菓子店で使っている素材の名前はフランス語ですし、料理用語はフランス語ですから、理解できました。言葉は上手にしゃべれないけど、素材名くらいならフランス語はわかります。それに仕事中って常にしゃべっていませんからね。そこまで苦労はしませんでしたよ。
博啓氏がオーナーシェフをつとめるパティスリー。店内には宝石のようなプチガトーやショコラ、手土産にもぴったりな焼き菓子など、常時150種以上の商品がずらり。サロンスペースもあり、その場で商品を食べることもできる。都外からのお客さんも多く、ケーキは夕方には売り切れることも。
SHOP DATA
住所 | 東京都目黒区自由が丘2-22-4 |
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TEL | 03-3718-5200 |
営業時間 | 11:00~19:00(サロンは17:30) 臨時休業あり |
ホームページ | http://www.ms-clair.co.jp/ |