VOICE

先輩メッセージ / Message14:指揮者 西本智実氏

いろいろな国のオーケストラの指揮をしている西本さんですが、言葉は完ぺきにマスターして接しているわけではないですよね。コミュニケーションはどのようにとっているのですか?

チェコやハンガリーの楽団を指揮したときは、単語や挨拶程度しか話せませんでした。でもリハーサルというのは限られた時間しかありませんから、みんなものすごく集中しているんですよ。もう無駄な時間なんて一秒もないし、自分の持論みたいなものを説明する時間なんてありません。だから私は指揮で、自分の体を全部使って、こういう音がほしい、こういう弾き方がほしいということを、表現します。これが指揮者の表現でもあります。それで彼らはわかってくれる。口で説明するより早いんです。その後でどうしても言葉が必要なところだけは、口で補足的に説明をします。態度や行動で示すことが一番大切なんです。

楽団員にとって指揮者はどんな存在なんですか?

基本的に指揮者は楽団に請われて指揮を振りに行くので、彼らは「指揮者の話を聞きますよ」というスタイルです。もうオケに呼ぶ時点で指揮台に立つことは認めてくれています。みんなが想像するような楽団員の反発とかはないですよ(笑)

いろんな国の楽団員と接する中で、国民性の違いを感じることはありますか?

もちろんあります。国だけじゃなく、楽団ごとに違いますね。それは音を出した瞬間にわかります。「あ、なるほど」と。「ここはこういう音の楽団なんだな」と。それに私が合わせる部分もあるし、向こうが合わせてくれる部分もある。お互いが寄っていく過程と言うのはとても大事ですね。こっちが少しでも壁を作ってしまったら、もう一生合わせることはできないわけですから。

日本人でよかったなと思うことはありますか?

まず日本はいろんな文化が入っていますよね。クリスマスを祝ったり、お正月を祝ったり、本当に臨機応変。それから四季もある。北海道から沖縄まで細長いから、同じ国にいながら違った風景を見ることができます。これは芸術をやる上ではとても素晴らしい点。国によっては、景色がまったく変わらないところもありますからね。

いつも凛々しい燕尾服で指揮台に立つ西本さんですが、指揮をする際にどういう風に見えるか意識することはありますか?

ないですよ(笑)。燕尾服と言うのは、非常に合理的な服装。指揮者は客席に対して後ろ向きに立ちますが、やはりお客さんにお尻を向けるのは、抵抗があります。でも燕尾服は尻尾が長いから、しっかりお尻を隠してくれる。それに前も開いているので腕を動かすのも楽なんです。スカートだったら指揮棒なんて絶対に振れませんからね。リハーサルでスーツを着たりすることもありますが、大きなサイズのものじゃなければ破けてしまうんですよ。特に女性用の服は詰まっているので、腕も上げられません。ダイナミックな動きもできて、しかもお客さんに対して失礼じゃない服装となると、燕尾服が一番なんです。

よく演奏後に、「あのときのポーズが良かった」と言われるんですが、いっさいポーズなんて決めていませんからね。だってリハーサルと本番って、音色が違うんですよ? お客さんが会場に入ることで音響が変わるんです。だからリハーサルとは、またちょっと動きも変わってしまう。そういうのは計算じゃありませんから。指揮者のマネをしている人と、本物の指揮者を比べてみると全然違いますよね。それはそこに理由がある。指揮は振り付けではないんです。

では、まとめの質問を。音楽を目指す人が海外に出る意味って何だと思いますか?

自分の存在価値の認識でしょうか。音楽家もそうだし、たぶん他の仕事もそうだと思いますが、海外に行くと自分が裸になった感じがするんです。自分自身の性格やクセなど、すべてに向き合ってしまう。そしてそれをどうにかして直そうとして、自分を正面から見つめます。そうすると、必ず逃げている自分を発見してしまう。そんな状態で何かを表現して舞台に立とうとするのは、本当に怖い。でもそうやって自分で勝負をして、人に判断してもらうことで、自分の存在価値を見出すことができるんですよね。

以前、インタビュー映像で「夢を口にするとかなわなくなりそう」おっしゃっていましたが。その夢の実現のために、西本さんが何か心がけていることはあるのでしょうか?

毎日やっていることはイメージトレーニングですね。朝起きて、まだベッドに寝転がっているときに、その日にやる曲を頭の中で組み立てるんです。理想の音やタイミングを、頭の中で演奏します。しかも1種類だけじゃなく、何パターンもやっていきます。それでもし、イメージがわかないというときには、それは自分の中にないということですから、もう1回楽譜を見直さないといけないわけです。それは演奏だけじゃなく、他のことに関してもそう。たとえば、私がアメリカに行こうと考えるようになったのも、こういう理由でロシアに渡って、ロシアからドイツに行って、東欧に行って、そしたら次はイギリスで……。そうやってどんどん考えながら積みかさねていった結果なんですよね。「こういう仕事がしたい」と思ったら、「なぜその仕事がしたいと思うのか」についても考える。イメージトレーニングというのは、好き勝手にイメージすることではありません。自分を冷静に見ることなんです。そしてそれが一番できるのは、私は朝だと思う。体が寝ていて、リラックスしているときなんです。ただ二度寝をしてしまう危険性はありますけどね(笑)

では最後に。これから海外に出る人にアドバイスをいただけますか?

いろんな経験をしてください。その経験はいつか必ず役に立ちます。すぐに結果が出るもの、出ないものがあるし、いいことも悪いこともあります。それをすべて引き出しの中に入れておけば、また何年か後にヒュっと取り出すことができます。必要になったときに取り出せるように、全部自分の中に吸収しておくことが大事ですよ。

インタビュアー:株式会社エストレリータ代表取締役社長:鈴木信之

ライター:室井瞳子

PHOTO:堀 修平