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海外生活サプリHOMEMESSAGE:先輩からのメッセージ>ザ・リッツ・カールトン日本支社 高野登社長

先輩メッセージ / Message02:Message02:ザ・リッツ・カールトン日本支社 高野登社長

では20年間アメリカで働いてみて、欧米人と日本人が考えるホスピタリティに違いを感じたことはありますか?

基本的に違いはないと思います。もちろん、宗教や習慣は違いますよ。でも人間の持っている優しさや人に対する思いやりは、万国共通だというのが私の持論です。ただそれを表現するスタイルが違うんですよね。

たとえば遠方からの友人をもてなそうとするときに、アメリカではプールサイドでパーティをやっちゃいますからね。日本の住宅には、そんなスペースがないですから(笑) ただ相手に喜んでもらおうという気持ちには大差はないんです。手法やスタイルの違いの総括は、宗教家や研究者にまかせればいいと私は思います。

ホスピタリティ=おもてなしの心は、日本人の美徳であると思いがちですが、それはスタイルの違いであって、アメリカ人にはアメリカ人のホスピタリティの表現法があるということですか?

もちろん日本人のホスピタリティのきめ細やかさは、芸術に近い世界です。しかし、アメリカ人にしかできないホスピタリティ、それから各国人それぞれにしかできないホスピタリティも必ずあると思う。たとえば、メキシコにあるザ・リッツカールトン・カンクンのカフェでは、朝コーヒーを飲みに行くと、ウェイターが鼻歌を歌ってスキップしながらコーヒーを淹れに来てくれるんです。日本ならありえないでしょう? でもね、これが実にいいんですよ。やっぱりホスピタリティにも民族性があって、それが面白い。

日本文化でしか表現できないことは、日本人が表現すればいい。でもそれを比較することには意味はありません。たとえば東京や大阪のリッツに慣れた人が、カンクンのリッツに宿泊して、日本のような細やかさがなかったと言う。でもせっかく行ったんだから、向こうの楽しみ方をしないともったいない。日本と同じようなものを求めているなら、海外に出る必要はないんです。せっかく自分の中で、違ったアンテナに触れようと思って海外に出るのだから、その国に合わせた考え方をしたほうが絶対に楽しいですよ。

「せっかく海外に出るのだから、日本と同じことをしているのはもったいない」というのは留学しようという人にも、同じことが言えると思うのですが。

そうですね。ただ、学生と社会人の留学はちょっと考え方を変えたほうがいいですね。学生はね、アンテナの方向が360度向いていていいと思う。人前に出る仕事は無理だと思っていた人間がホテルマンになるわけですから、自分の中で可能性を狭めることはしないほうがいい。でもいったん社会に出て、自分の方向を軌道修正するためのひとつの機会として留学するのであれば、ある程度は目標意識は持っていたほうがいい。アンテナも360度ではなく120度くらいまでに狭めてね。

ただし、あまりレールを引きすぎちゃうとつまらない。大変だろうと何だろうと、海外でしかできない経験はたくさんあります。たとえばアパート探しひとつとっても、日本と海外ではまったくシステムが違います。とにかく自分でやってみることです。不動産屋さんと交渉したのに、なぜか隣に住むインド人のほうが20ドル安い家賃だった。それじゃあ、インド人に交渉の仕方を教えてもらおう……。そうやって考えていくと、海外での生活はすごく勉強になることばかり。語学や知識を学ぶのに学校で6時間過ごすのであれば、残り8時間をその環境で過ごすための努力に使う。そのほうがよっぽど大切ですね。

留学の意義のひとつは、いろんな人に出会うということ。たくさん友達を作って、そして将来的に続く友達を見極める。それが海外留学の意味だと思います。学校で知り合った人とプライベートな話をする時間を惜しんで、学校が終わったら生活費を稼ぐために日本食レストランでウェイトレス……なんて、もったいないですよ。だからこそ留学する前には、ある程度貯金があったほうがいいんです。できるだけ、向こうで食いぶちを稼ぐ時間を省いた方がいい。日本でお金を稼いで、海外ではお金を使う。お金を使って、友達を増やして、友達と楽しく過ごす時間を費やした方が、長い目で見ると自分への投資になるんですよ。

ホテル業界に従事する上で、海外生活が有利になることがあるとすれば、語学以外でどんな点が挙げられますか?

有利に働くものはないです。不利ですよ(笑)。日本の企業は、コントローラブル(controllable)な人材が欲しいんです。「海外で就職をして、一定の成績をあげて帰ってきた」など、公平な目で見たときに、きちんとした結果が出ているのであれば、企業は評価してくれます。しかし、ただ留学経験があるというだけじゃ、有利に働くことは何もありません。

……なんて言うと、身も蓋もないけれど、結局、就職試験ではその人の人生観が見たいんですよ。どういった意味を持って海外留学をしたのか、違う文化の中で何を身につけたのか。きちんと伝わってくるものがあればいいんです。「英語が少し通じるようになりました」じゃ、ダメなんです。「圧倒的な友人のネットワークができて、それがすぐビジネスに結びつけられます」など、長い将来で、その感性をどう生かせるのかを、きちんと伝えられることが大事なんです。

海外にいると、考えさせられることが多々あります。それを考えたかどうかが問題なんですよね。それを伝えることができれば、1年なり2年なり違った環境に身を置いた価値はあると思います。あとは、その価値を企業がどう見るか。英語が喋れる云々は問題外です。3ヶ国語なら、まあ許せる範囲ですが。……そうは言ってもリッツのヨーロッパの営業所の入社条件は5ヶ国語が話せることですからね。予約センターの女の子なんて7ヶ国語話しているんですよ。今は残念ながら、英語が話せるだけというのは価値がない。

著書のご紹介
「サービスを超える瞬間」
「絆が生まれる瞬間」

リッツ・カールトンのホスピタリティの秘密を公開する、サービス業を志す者必見の2冊。「紳士淑女にお仕えする我々もまた紳士淑女です」といった、リッツ・カールトンの信念(クレド)の意味。そしてそれらの信念をどのようにサービスに結び付けていくのか―。リッツ・カールトンで実際に起こったエピソードとともに、丁寧に紹介しています。どんなビジネスシーンにでも応用できる、おもてなしの極意が満載です。